2012年3月18日日曜日

三国志演技の人名

三国志演技の人名

三国志演技のなかで、別名?呼び名?のある武将がいます。



張飛・・・燕人

関羽・・・美髯公

周瑜・・・美周郎



ですが、そこで二つ質問させてください。

①上記三人以外に別名のある武将はいたのでしょうか?

②燕人とはどういった意味なのでしょうか?



どちらか一つでも結構ですので(できれば両方がうれしいのですが)

皆様よろしくお願いいたします。







①分かり易く勢力別にしてみました。

●魏

『治世の能臣、乱世の奸雄』曹操孟徳

・・・人物批評家の許劭のこのように評価されました。



『盲夏候』夏候惇元譲

・・・呂布討伐に従軍した際に左眼に流れ矢が当たる怪我を負い、以後、夏侯淵と区別するためにあだ名された。



『悪来』典韋

・・・誰も持ち上げられることができなかった牙門の旗を片手で持ちあげ夏侯惇に見出され、その怪力から曹操に『古の悪来のようである』と言われたことからそう呼ばれる。



『白馬将軍』龐徳令明

・・・常に白馬に騎乗していたため



『虎痴』許褚

…力が虎のようで、ただ痴(頭の回転が鈍い)であったことため。



『黄鬚(こうしゅ)』曹彰子文

・・・ヒゲが黄色がかっていて、親の曹操から『虎髭を生やしたような勇者』と賞賛されたことから。



『単福』徐庶元直

・・・義侠心に厚く友人の敵討ちを引き受けるが役人に捕らわれないように仮名を使っていた。



●呉

『江東の虎』孫堅文台

・・・氾水関の戦いなどで首都圏に新風を巻き起こしたため。



『小覇王』孫策伯符

・・・覇王(徳によらず武力で諸侯を従えて天下を治める人のこと)までにはいたらないが、それに近い品格があったため。



『江東の碧眼児』孫権仲謀

・・・碧眼(蒼い目)を持っていため。



『江東の二張』張昭子布&張紘子綱

・・・呉の重鎮で共に智謀に優れていたため。



『江東の二喬』大喬&小喬

・・・江東で有名な美人姉妹のこと。のちに、大喬は孫策伯符の妻、小喬は周瑜公瑾の妻となる。



『呉下の阿蒙』呂蒙子明

・・・呉の武将の中でも一、二を争う猛将であったが、教養は全くといってよいほど無かたため。







●蜀

『大耳児』劉備玄徳

・・・とっても耳が大きかったため。



『臥龍・伏竜』諸葛亮孔明

・・司馬徽が諸葛亮を、寝ている龍、まだ雲雨を得ないため天に昇れない龍のような人物だと評価したことから。



『鳳雛』龐統士元

・・・司馬徽が龐統を、鳳凰の雛のような人物だと評価したことから。



『関聖帝君』関羽雲長

・・・死後、道教の神に神格化されたため。



『ヒゲ殿』関羽雲長

・・・ヒゲが大の自慢だった関羽に、孔明はこのように呼んでいた。



『白眉』馬良季常

・・・馬良の五人の兄弟は皆優秀で、その中でも馬良が秀でており、また眉に白い毛が混じっていたため。



『錦馬超』馬超孟起

…戦場での見事な雄姿っぷりを劉備がみて、『正に錦だな』と褒め称えたため。



『美将天水』姜維伯約

…そのまんま。天水の美青年武将だったため。



『老黄忠』黄忠漢升

・・・弓の名手で老いてますます盛んな人だったため。





●その他

『飛燕』張燕

・・・軍を率いては常に敏捷な動きを見せたため。



『飛将』呂布奉先

・・・弓術と馬術にすぐれ、抜群の腕力を有していたため。



『陥陣営』高順

・・・敵の陣営を攻撃して陥落させない事がなかった武勇の持ち主だったため。



『白馬将軍』公孫瓚伯珪

・・・常に白馬に騎乗していたから



『東呉の徳王』厳白虎

・・・中国後漢末期の呉郡の独立勢力の頭目で一万人以上の勢力を有していたが孫策により平定された。



『大賢良師』張角

・・・自らをこう名乗り、他に天公将軍と称し、太平道の信者を集めた。





②『燕』とは、中国の戦国時代の七雄(秦・楚・斉・韓・魏・趙・燕)の一国で、秦(始皇帝・エン政)の統一によって滅びた国のこと。

張飛の出身地の涿郡(現在の河北省涿県)は、かつては燕の国であったので『燕人』と名乗った。

つまり、『燕人』とは、かつての燕国に住んでいる人のことです。



ちなみに、同郡出身の劉備は、それ以上に祖先の名前を名乗るほうが効果的であったから『燕人』とは言わなかったかと。

言うなれば、自慢できない家柄のものは出身地を誇ったのでしょうね。








①(間違った説明文がついている可能性があります。別名は間違いないはずなのでご了承ください)

(魏) (呉) (蜀) (呂)呂布 (袁)袁家 (他)他勢力





小覇王 孫策(呉) 呉の君主「孫権」の兄、父「孫堅」と同じく早死にがスキル(嘘) 



東呉の徳王 厳白虎(他) 孫策にやられた人。これ以上の説明不要(コラ



治世の能臣乱世の奸雄 曹操(魏) 説明の必要無し。演義じゃ悪人にかかれてるかわいそうな人。



飛燕 張燕(他)→(魏) 黒山賊の頭領、後に曹操に帰順する。



飛将 呂布(呂) 三国一強い人といっても過言ではない人。



陥陣営 高順(呂) 呂布配下の将。敵将、敵城を絶対に攻め落とす程の猛将だったのでこの名を得た。後に呂布と一緒に処刑される。



臥龍・伏竜 諸葛亮(蜀) 言わずとしれたスーパー軍師。「河の中でずっと時をまってる竜」ということで「自分の才能をうまく使ってくれる人がいない」みたいな意味ですな。



鳳雛 ホウ統(蜀) こちらも諸葛亮と同じような意味で「鳳凰の雛」って意味ですね。



反骨(これ別名か?) 魏延(蜀) 諸葛亮に会った瞬間から殺されそうになったかわいそうな人。頭の骨格がちょっとでてるからって諸葛亮あんまりだ・・・・・



悪来 典韋(魏) 曹操のボディガード一号。悪来は殷の時代に生きた怪力を誇り政治を私物化した悪人。典韋は悪人ではないので勘違いに要注意。



白馬将軍 公孫瓚(他) ホウ徳(他)→(魏) 白馬に乗った猛将。色々な人に用いられるあだな。

 

盲夏候 夏候惇 演義では左目を食べて敵将を討った猛者。正史ではただ地味な人。どっちにしろ自分の顔を見て鏡を割る



関聖帝君 関羽(蜀) 関羽の神格化した呼び名。三国時代の後の時代の王朝が国の治安強化の為に民衆が崇めている「関羽」を神として祀った事が始まりでその王朝が滅んでも次の王朝で又関羽に神としての違う呼び名を与えという事が何度も続く事例が相次ぎ関羽には「忠義神武霊佑仁勇威顕関聖大帝」など長い神としての呼び名がいくつもあり世界中の中華街には関羽を祀る廟(神社のような物)が必ずある。(横浜、神戸、函館)



江東の二張 張昭&張紘(呉) 呉の重鎮。漫画などでは年代を問わず頑固ジジイのような容貌になるのが悩みの種。



江東の二喬 大喬&小喬姉妹(呉) 絶世の美女でその美貌は月も恥らうらしい。大喬は孫策の妻で小喬は周瑜の妻。周瑜は小喬を愛しすぎて赤壁の戦いのとき諸葛亮に利用されてしまう・・・・





②中国の戦国時代の「燕」という国があった地の出身なので燕人と名乗っている。

ちなみに出身地が同じ劉備は中山靖王劉勝の末裔という肩書きがなければ「燕人劉備。字は玄徳」と名乗っていることになりますね。

まぁ劉備が中山靖王劉勝の末裔ってのは嘘らしいですが・・・・(関係ない)







 中国の姓はバリエーションが少ないんです。「張三李四」で「猫も杓子も」という意味になります。「張さん」「李さん」で全体の7割も占める、(ホントかどうかは知りませんが・・・)というわけです。「三国志」でも「馬忠」ってひとが3人もいます。



 そんなわけで、出身地を「通り名」としてつけるんですね。「あだ名」も多いです(「水滸伝」なんか、108星全員についてます)。

 「燕」は春秋戦国時代の北京周辺にあった国の名前で、日本でいえば「尾張」とか「加賀」とか言うのと同じ。北京郊外の琢県出身だからですね(劉備もそうだけど)。

 国名の「魏」も理由は同様です。

 「常山の趙子龍」「西涼の董卓」とか言うのもそうですね。



 「美髯公」とか「白眉」とか、身体的特徴を捉えた「あだ名」も多いです。

 また「小覇王」「飛将軍」のような、過去の歴史上人物になぞらえるケースも多いですねえ。「覇王」は項羽のこと、「ミニ項羽」ですね。「飛将軍」は李広のこと(「石に立つ矢」のエピソードで有名で、「弓術名人」によくつけられます)です。

 「三国志演義」に出てくる故事は間違いも多いけど、知っているとより楽しめることでしょう。







「三国志演義」です…。

質問に答えられるほどは詳しくないんですが、

これだけ気になったので、

すみません。







① いろんな異名がありました。適当に有名どころを。



孫策…小覇王

馬超…錦馬超

典韋…悪来

許褚…虎痴

公孫瓚…白馬長史

呂布…飛将

姜維…美将天水

諸葛亮…伏竜

龐統…鳳雛



② 張飛の出身地の涿(たく)郡が、昔「燕」という国だったからです。

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