三国志の人物などは写真もないですがイメージや資料で描いているんですか?
正史である三国志や小説である三国演義には登場人物の容姿に関する描写がありますが、例えば張飛における「豹のような頭」という形容は武力に秀でた者に対するいわば定型的な表現なので具体的なものではないですし、具体的な容姿の描写となると恐らく「赭顔疎髯」(赤ら顔に疎らな髯)などでしょうか。こういう表現は絵に起こすときの参考にはなりますね。
部分によっては資料にあたっているとは思えないくらいにイメージに依存しているものと思われます。
というのも、三国志の時代には無い筈のものが沢山描かれているからです。
(例えば椅子ですが、中国において家の中で椅子に座ることが一般化するのは遥か後代の宋くらいになってからですし、アニメや漫画・ゲームで武将たちが身に纏っている華美な鎧などは当時は存在しませんでした)
歴史書や物語の記述、それらに加えその人物の事跡から想像を膨らませているんでしょう。陸遜などは容姿の記述がないにも関らず、コーエー三国志や三国無双では「若々しい青年(というか少年)」です。関羽への遜った手紙や夷陵の戦いでの味方からの不信などから「若輩者」というイメージを膨らませたんでしょう。正史にも若輩者扱いされてる記述があったような無かったような…
ちなみに三国時代の壁画(呉の武将朱然の墓)を本で見ましたが、写実性など全く無かったです。洞窟とかに残ってる文明化されていない狩猟民族とかの壁画と大差なかったです。仮に当時の絵が残っていてもその人物を描くことなど出来なかったでしょうね。
蜀の関羽や魏の程昱、呉の周瑜などなどはそれぞれ「髭が立派」、「髭が立派でものすごい長身」、「非常に美男子」という感じで紹介されています。つまり特異、もしくは立派な容姿を持つ人は特筆して記されているのです。
それをもとに描いているのでしょう。
知識はないのですが普通に考えてそれ以外無いでしょう
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