2012年3月20日火曜日

三国志で夏候淵の娘が張飛の妻となったのはどういういきさつだったのでしょう?

三国志で夏候淵の娘が張飛の妻となったのはどういういきさつだったのでしょう?







建安5年(200年)に戦場で夏候淵の姪を捕らえて後に妻としたという話が伝わっています。

たしか『魏略』だったかと。

建安5年というと官渡の戦いがあった年です。

ちなみに二人の間に出来た姉妹が二人とも劉禅の皇后になりました。

姉を敬哀皇后、妹を張皇后と言います。

夏候覇はその伝手を頼って亡命したようです。








張飛が戦場で拾った娘が夏候淵の娘だった、ではなかったかな。



夏候覇が亡命してくるのは、もっとずっと後。

張飛の娘が劉禅の后になっており、張飛の妻の方はすでに死んでいる。



(田中芳樹の「長江落日賦」に収められている「白日、斜めなり」が夏候覇を主人公とした小説で、夏候淵の娘についての経緯も軽く触れられている。)







夏候淵の息子 夏候覇は 蜀に降っています そのためであろうと思われます・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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